此処はどこ?

ぼつぼつ呟くページ

ものすごく当たり前で、本当にどうでもいい

いい加減歳を取ってしまい、眼が衰えてきた。つまり、老眼になってきつつある。だんだんと細かい文字が見えなくなって来た。新聞は、そもそもそういう世代を相手にしているからか、まだ読めるが、タブレットスマホは厳しい。というか既にスマホは見えない。検索はするけど、Kindleの固定文字は無理だ。あんまり高級ではないので分解能がそんなに無いのもある。つい最近までiPadminiを愛用していて端末自体は素晴らしいと思うのだが、眼の衰えで使いづらくなってきた。

そこで、大きめの端末なのだが、iPadが候補になるが、中古でも高い。一番下のもので3万円台(昨年末)。アンドロイドはちょっと安いが解像度がHDとか今更それは無いだろうみたいな設定。もちろんお金を出せば良いのはあるのだが、どうもハードにお金は掛けたくない。理屈では無く気分的なものだ。

悩み続けたが昨年末のアマゾンのセールで、思い切ってFireHD10を買った。Fireのアプリストアはアマゾンのやる気の無さがひしひしと伝わる充実度で、もうMicrosoftに投げっぱなしのようにも見える。なので主要なサービスはWeb経由なのだが、Silkブラウザはそれなりの出来だがやはり力が入ってなさそう。半年ほど使ったが、どうも遅い。

非公式ながら、GooglePlayを入れることにした。細かい手順は省くが、APKmirrorから必要なものを取得して恐る恐るインストールしてみる。

呆気ないほどの作業で、インストールできてしまった。とりあえずブラウザを探すと、なんとBraveがあるではないか! 本当に動くか分かんないけどインストールすると、ちゃんと動く。しかも速い!今時のブラウザで使い勝手もいい!

Redditその他も入れて、大画面?で見れて操作性も良くなり普段使いできそう。

1990年代のパソコン記事のようになっちゃったけど、つまり自己満足の本当にどうでもいいエントリでした。

 

都内はどうなっている

大昔(多分25年以上前)、当時の会社の先輩に連れられて六本木に行った事があった。そこでレストランに入ったのだが、ペルシャ料理のお店だった。若かったのでそれまで食べた事の無い、不思議なメニューだった。

コロナ禍で、近くのお店か遠方の行楽地や旅館にしか行かなくなった。そうするとお寿司、刺身、焼肉、イタ飯みたいな、一般的なものばかり食べるようになってそろそろ飽きてきた。

ふと昔の事を思い出し、ペルシャ料理のお店を調べてみると、自由が丘や広尾にあるようだ。そこで広尾のお店に行くことにした。

実は都内はそんなに知らない。あまりに広いのでまだ全ての街を訪れられていない。それに物凄い速さで街が変わっていっている。自宅の周辺でさえ以前どうだったか覚えていない位なので覚えきれない。

そんな中広尾にいってみた。どんな街なのか、駅で降りて地上に出ると、人がたくさん!コロナ禍もようやく収まってきた感じで皆外に出てきているのだろう。スマホの地図頼りに道を歩くと、中央の商店街からちょっと筋を入った所に「アラジン」さんがあった。昼は当然ランチなのだが、別に個別料理を頼んでも良さそう。しかし自分は何が良いか分からないので取り敢えずケバブのランチにした。ライスとナンが選べるがナンにした。

一言で言うと細長いハンバーグなのだが、挽肉のBBQ風と野菜をナンに乗せて食べる。なかなか美味しい。いつも食べている物と明らかに違うスパイスが使われていて、新鮮な感じがする。頂いたあとコーヒーが出てきたが、こちらは明らかにインスタントで、ちょっと心の中で笑ってしまった。日本人のレストランならなかなかやらないと思うが、そこが異国な感じだ。

お腹いっぱいで少し歩いたのだが、広尾ってどうも外交官らしき外国人が多く居て、そのためか多国籍な料理店が並んでいる。見つけただけでトルコ料理、メキシコ料理、タイ料理、があった。当然お寿司やさんなんかもあって、食には困らない印象だった。

広い公園もあって、家族で来ても良いだろう。住んでみたいとまで思ったが、並びの不動産屋の広告をみてゲンナリしてしまう。マンション1億5千万とか書いてある。。。宝くじ当たっても無理だなあ。

楽しいこと

何かあったらいいな、というエントリー。実は何も無くて、困っている。世の中的には、困難な状況が続いているので、一人浮かれている訳にも行かないのだが、流石に1年半以上経つとおかしくもなってくる。何か、前向きなことを考えないと。

 何だろう?

  1. 子供の運動会が開催できた。2学年に限って(3年と5年)徒競走と玉入れをやった。昨年も同じような感じだったが、多少緩和されて父母両方が運動場に入れるようになっていた。来年はフルにできれば良いのになと思う。
  2. 選挙戦最終日の昨日、首相が応援演説に来ていて、見てしまった。今回の選挙は自民党はかなり厳しい印象を受けた。何とかワクチンを普及させて、感染者数を下げられたと思うのだが、世間にはあまり良く捉えられてないことがわかった。まあ自分ごときが国政を語れないのだが。

うーん、良い事がないなら、作ってみてはどうかと思いついた。しかしどうしたらいいものか。

もう死語

コロナ禍で在宅勤務が続いている。もう1年以上になるのがなんだか信じられない。あらゆる物が変わってしまったように思える。もう元には戻れないんだろうな。

仕事がちょっと変わって、同じ部署のメンバーと話す機会が少なくなった。それは仕方無いのだけれど、たまに会議があったり、チャットでやりとりするときでも、なぜか言葉が若干失礼味を帯びている。あからさまに批判的であったりする。或いは以前から連絡していたにも関わらず、当日に「見てない。自分でして」というように突き放されたりする。同じ内容を会議のたびに説明させられたりする。

どうも嫌われているか、バカにされているように思う。こういう時はどうすればいいのか、自問の日々が続く。確かに、自分は人と積極的に関わりあうタイプの人間ではなかった。気を配ることを怠っていたのか何かで、お互いに感情に触れる何かをしてしまっていたのかもしれない。

Teamsになってから、絵文字や「ww」「笑」みたいな文字もOKになった。感情が伝わりにくいからとの理由からだ。一方で我々仕事でPC(大体Windows95とかWindowsNT)を使い始めた世代としては、メール(や電子的やりとり)に感情を入れてはいけない、という「ネチケット」が覆されたわけで、大丈夫なのかという思いがあった。そのうち、Teamsチャットはまるで2ちゃんねるのようなノリになっていった。勿論全員ではないのだが部署に2名そういう書き方をする者が居る。誰々がバカだとか、どの部署はなってないとか平気で誹謗している文章を見ていると、気が滅入ってくる。自分も仕事のやり方がダメだと(私に言わずに)トピックに書かれた。自分も、書き込みが毎朝目に入るのが嫌なので通知をミュートする。

自分が偏狭なのだろうか。もっと寛大にならなければならないのだろうか。いい年をして担当のままだが、仮に管理職的な立場になった時、件の若い(若く無い人も居る)人たちに仕事を頼めるだろうか。

もしかしてTeamsでコミュニケーションが減るのではなく、相手の本性が意図せず分かってしまったのかもしれない。まあそうだとしても、嫌われている事に変わりはないのだが。

会議・会議・会議

相変わらずのTeamsの毎日が続いている。わが部署での最近の流行は「Teamsの会議が無い時間帯を作りましょう」だ。Teamsだと簡単に会議が開けてしまうので、朝から晩までずっと会議、という課長・係長からの要望のようだ。

今までの所属した組織で、ほぼ例外なく無駄な会議が多い、会議を減らせ(本当は会議の進め方が下手なのだが、そのことを言う人は少ない)と言われ続けてきた。一時期は会議室の椅子も少なくされた事もあったが、会議は無くならなかった。そして令和のIT技術によって会議は増え続ける。そういう会社なのかもしれない。

さて会議が無い時間帯を作って各個人の仕事をする時間ができたわけだが、皆に指示したり物事を決めたりする必要はあるので、結局その「会議禁止」時間に会議が設定されることになる。必要な事なので文句を言う人も殆ど居ない。

こういった有名無実は、仕方がないと諦めるべきなのか、自分にはわからない。

(会社とは関係がない会で)ある時知り合いが「どうしたら(この活動の)意味が伝わるかなあ、何度言えばいいんだろう」などと話したとき、「うーん、文章にしますかね」などと行き当たりばったりに言ったことがある。人と人とでイメージなり、概念なりをやり取りするのに必要なコミュニケーションの量はどれほどなのだろうか。定量的に測れるのだろうか。面と向かわないといけないのか、文字でも伝わるのか。文字情報は対面の1%だか5%くらいしか伝わらないと昔聞いたことがある。(よく言われていると思う)。そうすると、組織である以上大人数で一度に集まった方が効率は良いのは明らかである。もし一日中喋ったり聞いたりしていないといけないならば、そして肝心の調査や設計や判断等の熟考が必要な時間が確保できないならば、仕事を減らすべきではないだろうか。

なぜ仕事を減らせられないのか。所属している会社は、どういうわけか社員はこき使うべしみたいな風潮があり、いくらでもやることが増えていく。何かをする際の工数や、期間の見積もりが甘い傾向がある、というか甘い。上役が、もし失敗したら、と考え始めると、あれもこれもと指示を出し始める。そうすると、無駄ではないにせよ仕事がどんどん積みあがっていくことになる。

恐らく、物凄く大雑把に言うと、マネージメントができていないのが、原因なのだろう。特に「何をやらないか」の判断を行うマネージメントだ。

ええー何それー

会社ではいまだにSubversionを使っている。若手からは非難が出ているが、前居た権力者がそう決めたのだから仕方ない。バイナリも上げろ、ブランチは切るな、という謎運用で今日まで来た。

ユーザーが「ソフト動かないんです」と言ってきた。あ、設定が足りてないですね、コピーするの面倒だし、設定上げます(コミットします)よ。と軽い気持ちでコミット。すると余分なものまで上がっているようだ。先ほどのユーザーが「ダウンロード遅い」と言ってきた。なるほど、いらないもの消そう・・・あれ、800MByte?うそだろ。

ユーザは「ダウンロードできたけど他の人大変だね」そうです。いらないもの消します。

そういえば、コミット元に戻せるんだっけ?あ、取り消しできるわ。

 

ふとローカルを見ると設定ファイルがすべて無くなっている。しまった、コミットする前=作成ファイルが無い状態だった!

もしかして他の・・・・ソースコードも前に戻っている・・わわわ

先ほどのユーザがダウンロードしてくれていたものをコピーしてもらい、何とか元に戻すことができたが、コミット取り消しは絶対やってはいけない。

耐えきれない

会社の保健室からストレスチェックの依頼が来た。

業務の量は多いか、裁量はあるか、人と気軽に話せるか、等々、80問あった。

回答しているうちに悲しくなってしまう。上司は指示ができていないし、自分にも裁量は無い。殆ど言われたことをやってるだけ。これを今日まで、これを明日まで、が延々と(本当に5月ごろから延々と)続けているだけだ。その上司もその上からとてつもないハッパをかけられているのがわかる。断るのもどうかと思うのでいつもやってしまうが、正直早朝から深夜休日まで仕事しており(ずっと上の方はいくらでも仕事を突っ込んでくる)、自分の神経が麻痺してしまっているのが何となくわかる。

件のアンケートの結果は、かなり高ストレス状態にあります、精神科に相談しましょう、みたいな答えだった。

くそったれ。わかっとるわい。

自宅の団地で在宅勤務者が多くなったのかわからないが、回線が混んでいて会社のリモートデスクトップが極端に遅くなったのを機に出社することにした。すると同僚の女性が出社している。他部署のサポートをされているのだが、彼女も休日はずっと仕事だと言う。この前土曜日徹夜しちゃった。だって月曜日に報告だって言うから。だけどリリースしたの私一人だけだった。私は言われた通りしたのに。そうすると今度は私の方に仕事が回ってくるの。何時まで経っても終わらないの。

段々声が、泣きそうになってきた。いくらやっても終わらないの。頑張っても頑張っても、また仕事がくるの。もう耐えられない!

普段穏やかな人だった筈なのに、感情を露わに喋り続ける。私は、○○さん、休みましょう、断っても、問題ないですよ、などと、(自分でも無責任と感じながら)相槌を打つしか無かった。聞くと、そのサポートメンバーで若手2人は既に休職らしい。

リモートワークで、生産性が上がるとか、労働時間が減ったとか報道している人は、何を見ているのだろう。通勤時間が減った、裁量が出来て楽ちん、なんて書き込みをしている奴は、どこの会社のぼんくらなんだろう。孤独を感じてしまう人が居るからコミュニケーションを多めに取りましょうとか、評価が見えづらいから基準を整備した方がよいですなんてコメント書いてる奴は、外国にでも住んでるのではないか。そんな余裕のある中間管理職はどこに居るのだろう。

自分の職場に関しては、リモートワークによって、プロジェクト運営なり事業運営なりができていなかったことがさらに見えなくなって、どんどん状況を悪くしてしまっている。